え、僕ですか?

感じたことをそのまま

え、僕ですか?

体罰のとらえ方、体罰に反対はしないし、賛成もしない。

日野皓正さん

約5か月ぶりほどのブログになりますが、今回取り上げるのは、日野皓正さんが中学生に暴力を振るったとして問題になっていることです。

 

まず僕の結論としては、体罰に反対をしていないということです。

 

平成生まれということもあり、体罰により敏感になってきた世の中で育った僕ですが、この体罰に似たような問題で、何度か関わったことがあります。

 

やはりいつの時代も、厳しい大人というものはつきもので、中学生時代のサッカーチームの監督がそれでした。クラブチームだったということもあり、学校の先生のような、教育者と生徒の関係とはまた違った関係になるかもしれませんが、とにかく厳しかったです。

 

練習中にミスをすれば、コーンは投げられるし、3時間の練習で怒鳴っていないときなどありませんでした。そして問題になったのが、試合のハーフタイム中、監督が自分の息子に対してものすごい張り手をとばしたんですね。

 

自分の子供といえど、前々からとても厳しい指導をとっていた監督に対して、僕たちの父母から様々な反対意見が飛び交いました。しかし、不思議と誰からも、監督をやめてほしいなどの意見はなく、退団するまでその監督は僕たちを指導したんです。もちろん今も同じチームで指導中。

 

僕自身も、当時は恐怖に支配されていたとは思います笑

「気持ちがたんねーんだよ」と、どつかれたことも何度もありますし、はっきり言って、怖くなって練習をさぼりたくなることもありました。けど、体罰に似たようなことをされても、そこから逃げたいとは思いませんでした。

 

なぜかと問われると、それは僕と監督の関係性だと思うんです。

 

体罰=関係性

要するに、やられた方が、やった方に、どれだけの信頼をもっているかです。僕は、監督のサッカーに対する熱い気持ちを、中学生のガキながらに感じ取っていたし、尊敬に近いような気持ちも僅かながらにありました(笑)

 

そして蓋を開けてみれば、中学時代の厳しい指導が、いい思い出となっています。

 

今回のビンタ事件。

はっきり言って、事件の概要を詳しくは理解していません。ただ一つ言えるのは、このビンタが、やられた中学生にとってどのような痛みを感じたのか、やった日野さんは、どんな思いで手をあげたのか、この二人の間に、どれだけの信頼関係があったのか、当事者たちにしか分からないです。

体罰自体が絶対的に悪なのか。それについては、はっきり言って僕には肯定も否定もできないです。

 

だって小さいころ、父親からよく張り手が飛んでこなかった?馬鹿なことやって。いまじゃ、母よりやさしい父が、昔は怖かったなんて、よくある話じゃない。まぁ、このビンタも家族と言う関係の上で成り立った、体罰なんだけど。。。

 

体罰所謂、他人に手を挙げる行為には、絶対に責任がつきものです。やられた方が、暴力と感じ取ったなら、それは暴力。愛のムチと感じ取ったなら、それは愛です。

 

中学生が暴力と感じたなら、日野さんにはそれ相応の責任があると思います。

みなさんは、体罰についてどう思いますか?

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