え、僕ですか?

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え、僕ですか?

1964年 東京オリンピック 嫌な思い出

はじめに

古舘がニュースでは聞かなかった10大質問!!だから直接聞いてみた、が11月9日に放送されていました。そこで、最初に扱われたトピックが、1964年に「東京オリンピックが開催されて、嫌だった思い出」との事でした。平成生まれの自分には考えたこともない内容でした。

2020年に開催される東京オリンピック。今、色々と問題が出てきてますよね。国民(特に都民の皆さん)が、「何やってんだお国のお偉いさんは」と、思うわけです。実際に自分も、ニュースを見るたびそう感じます。しかしそう感じるだけで、知識が全くないので何がどうなってるのか分からないんです。

そこで、1964年の東京オリンピックでどんな出来事があったのかをまとめてみようと思いました。少し、2020年の東京オリンピックに通ずるものがあるかもしれません。今から、52年前のこと。東京オリンピックが日本に与えた影響とは。

 

首都高速道路

テレビでは、「日本橋の景観が損なわれた。」「工事中の騒音がうるさかった」などの不満がありました。そもそも、なぜ首都高速道路が必要になったのか、それは国土交通省の資料に載っていたので紹介します。

首都高速の計画、構想は、昭和26年の東京都による予備調査から始まり、昭和34年には基本計画の決定・指示がなされ、そのわずか5年後(1964年)には、4路線32.8kmが開通。

そのようになった背景には、当時、インフラが増大する自動車交通に追いついていなかった状況から、道路整備への理解が得やすかった事。初のオリンピックに向けた機運の盛り上がり、既存の道路、川、堀、水路の上空などの徹底した活用があったようです。

高度経済成長が始まったのが1954年なので、利便性を求める上では首都高速道路と言うのは必要なものだったみたいですね。

ただ、先程も書いたように景観は最悪になってしまったようです。首都高速の下は暗く汚い、高層ビルなどの建物からの眺望がコンクリートの塊になった、街が分断されたなどが挙げられるようです。実際問題、今でもそのような意見があって「地下化にするべきだ」と意見が出ているようですが、費用が莫大なため、具体的なものにはなっていないようです。「え、政治家がいろいろ無駄な金使ってんじゃん、そうゆうの全部かき集めれば地下化も実現するんじゃないの?俺たちの税金どうなってんの?」知識のない自分はこんな考えをもってしまいます。ホントのところどうなんでしょうか?

2020年に向けてですが、首都高速の老朽化が問題に挙がっているようです。今から52年前のことなので、必然的な事ですね。これにも改修費用がかかるとのことで、東京都への負担はとても大きなものですよね。

 

立ち退き、引越し問題

高速道路三号渋谷線が開通したことによる友達の引越し、国立競技場建設に伴い1回目の立ち退き、新国立競技場に伴う2回目の立ち退きなどが、番組では紹介されてました。

住み慣れた場所から、強制的に離れなければいけないなんて、肯定的な話ではないですよね。もちろん、国からある程度のお金が支給されると思うんですけど、実際のところはどうなんですかね?1964年のオリンピックでご自宅と商売場所を失った、なんて話もネットには書いてありますが、こうなってくると、清々しくオリンピックを応援する気持ちはあまり持てなくなっちゃいますね。

2020年の東京オリンピックでも、都営霞ヶ丘アパートの立ち退きが問題となっています。どうやら、住民の中には好意的には思っていない人もいるみたいですね。

古いものを新しいものに変えて行く。一見いい事に見えますが、古いものにも歴史があり、思い出が詰まっていることも、考えなくてはいけないことだと感じます。

 

最後に

東京オリンピック。決まったはいいものの、ホントにうまく行くのか、成功するのか、2020年まで長いようで短いです。選手の皆さんにはもちろん頑張って欲しいですが、政府と国民が連携をとり、理解し合い、快くスポーツができる会場を作り上げて行くことが、当面の目標になりそうですね。

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